2017年1月22日日曜日

「ハピネスチャージプリキュア!」は真に「普通の女の子」の物語である

プリキュアシリーズは、「普通の女の子」が伝説の戦士になる、というフォーマットを持っているが、最も普通の女の子といえるのは「ハピネスチャージプリキュア!」の主人公たちではないか、という話。あと、「ハピチャ世界は不安定で、登場人物も他のシリーズの人々ほど安定していない」と考えることによってハピチャを観てて疑問に思ってた部分が融解したので、それについても。

前の記事で言ったが、ハピチャの世界はかつて一度も安定したことがなく、不安定である。当然「神」すらも不安定で、いわんや人間をや。

愛乃めぐみは、他人の気持ちを慮れないまま人助けをする。めぐみにとって人助けは自分の存在意義であり、つまりは「自分のため」に人助けをする。相田マナも人助けをしまくるが、マナは相手の意向を汲むことに長けていたので、めぐみよりスペックが高い。というか、現実的にいえば、めぐみのレベルが「普通」だと思う。

白雪ひめは、自分の犯した過ちを認識しつつも、全ての責任を負うほどの勇気はない。また、家柄からくるプライドも相まって、ワガママである。その難点が多い性格は、最終的には緩和されるものの、変わるには時間がかかった。性格が一瞬で変わる人間は現実にはそういない。ひめの性格の改善が非常にゆっくりなのも、「普通」の人間だからだ。

さて、こっから先は疑問点とともに語る。

疑問1.いきなり100日経ったが、ひめの性格や態度などが何も変わっていない
人間は100日程度ですぐに変われるほどかんたんではありません。三つ子の魂百まで、性格や態度を変えるのには時間がかかります。

疑問2.ゆうこがプリキュアになったことを隠していた理由が「恥ずかしかったから」というのが納得行かない
あの世界ではプリキュアは世界的にTV中継される派手な存在です。大森ゆうこは目立つことをあまり好まず、また、プリキュアの力よりもごはんの力の方を信用していた節があります。彼女は弁当屋の娘であることを誇りに思うような普通の女の子なので、派手なプリキュアになったことを隠しておきたいほど「恥ずかしい」ことだと思ってもおかしくありません。

疑問3.神がクズ
ハピチャの世界は一度も安定したことがなく、全体的にレベルが低いのです。神もわりと低レベルで、ちょっと特殊な能力を持った「普通の男」でしかないのです。だから恋愛のもつれや兄弟喧嘩に人間を巻き込むし、人間に言い渡したルールですらそんなに意味が無いのです。「プリキュア」という超能力を「普通の女の子」が持っているなら、「神」の力を「普通の男」が持っていてもおかしくありません。

疑問4.ずっと「姉の仇をとり、姉を取り戻す」ことを目的に動いていたはずのいおなが、意外とかんたんにプリカードに願う願いを変えてしまった
多くの人間にとっては、どれだけ強い願いであっても常に維持し続けるのは難しいのです。ずっと自己中心的なクズだと思ってた奴が、目の前でまともで利他的な行動をとったら触発されてしまうことだってあるのです。

疑問5.最終決戦に一般人が出てこない
前回の記事で言ったとおり、ハピネスチャージプリキュアは「創世記」です。というか、日本神話の「国産み」あたりといったほうがいいかもしれません。「神々とその眷属が世界を安定させる」までの話なので、最終決戦には神々とプリキュアしか出てこられないのです。

とまあ、ハピネスチャージは「普通の人間が、不完全な世界で、自己矛盾を抱えたまま、不安定な敵と戦い、安定を手に入れる」という物語なわけです。不安定でいつ滅ぶともわからないような世界を永遠に安定させるための存在として、「フォーエバーラブリー」が生まれるわけですね。

あと、突き放した現実感があるのも評価できる。
「良かれと思ってやったことでも裏切られる」
「人間はそう簡単に成長できない」
「たいそうな地位にあるやつでも根は人間、感情に流されることもある」
「最善の選択を常に取れるわけじゃない」
「常に一貫性のある行動を取れる人間なんかいない」
とか、そんな感じの。

「"普通の人"というのは、善にも悪にも揺れ動く一貫性の無いものである」として描こうとしたのだ、と評価してもいいのかもしれない。「敵だってプリキュアだって等しく"普通の人"だ、善であり悪にもなりうるのだ」という冷めたスタンスを貫いたのはけっこう評価できる。少なくともスイートのラストよりは断然良い、と個人的には感じる。
めぐみも最後の最後で多少は他人の感情を慮れるようになったっぽいし、悪くないエンディングだった。

通常フォームで飛べたり、(主にキュアラブリーが)即席で適当に強技を撃てたりと、プリキュアの能力が他作品のプリキュアより強力だったりするのも、それを使うものの精神が弱いことを強調する意図があるのかもしれないね。

2017年1月18日水曜日

弥生時代で読み解く「ハピネスチャージプリキュア!」

初代からプリキュアは結構好きで、特にフレッシュ以降はしっかりほぼ全話ちゃんと見るようになった。どのシリーズもそれぞれの魅力があって好きなのだが、「ハピネスチャージプリキュア!」だけはどうしても好きになれないまま最終回を迎えた。直後のプリンセスプリキュアが非常に良い作品だったのではしゃぎ、今期の魔法つかいプリキュアはみらリコが夫婦ではーちゃんが娘で、キュアモフルンは映画を2回観に行く程度に好きで、つまり最高だ。とまあ、そんなこんなでハピネスチャージの個人的評価は相対的にも下がる一方だったのだけど、最近ふとした思考の転換でハピチャの評価が爆上がりしたので、備忘録も兼ねてこの記事を書きます。

これからの話を読んでいただくにあたって、みなさんにはまず弥生時代、邪馬台国のエピソードを思い出していただきたい。

といっても、そんなに詳しく思い出す必要はないのだけど。とりあえず、

  1. 倭国はもともと男王が治めていたが、争いが絶えなかった。
  2. そこで女王卑弥呼を立てると、ようやく混乱が収まった。
  3. 卑弥呼の死後、男王が後を継いだが、国は混乱した。
  4. 再び女王臺與を立てると、国は安定した。

という流れを頭において欲しい。この弥生時代のエピソードから読み取れることは、「女王が統治すれば安定し、男王が統治すると混乱する」という原則だ。

普通のプリキュアは、弥生時代の倭国でいうと「3.卑弥呼の死後、男王が後を継いだが、国は混乱した」のところから話が始まる。

女王が力を失い、男王が勢力を増し、世界に混乱が訪れようとする。
幾つか例外はあるものの、これがほぼ全てのプリキュアのストーリーの出発点だ。
初代・MHならクイーンはプリズムストーンを失っていたり、分裂してしまったりしてるし、敵はジャアクキング、男王だ。
SSでは女王フィーリアは泉を失っており、敵の首領はアクダイカーン(ゴーヤーン)で、男王である。
5シリーズは申し訳ないが観ていないのでよく知らないが、少なくともGoGoの方はそんな感じっぽい?
フレッシュに女王は出てこない気がするが、敵の首領メビウスは(一応)男王だ。ハトキャの世界の支えは「こころの大樹」だが、これは妖精を産むし、女性的だ。敵はサバークもデューンも男である。スイートも女王アフロディテがプリキュア陣営のトップだし、スマイルのロイヤルクイーンは死んでたし、ドキドキもトランプ王国の支えは王女マリー・アンジュだった。

つまり、ハピネスチャージより前のプリキュアでは、ほとんどが「安定を象徴する女王が力を失い、混乱を象徴する男王が勢力を増す」という構図で始まるのだ。

単純に言い切ってしまえば、プリキュアシリーズには
  • 女王=安定・秩序
  • 男王=不安定・混乱
という原則が存在する。

ここでハピチャの世界を見ると、その世界には「そもそも女王がいない」ことが分かる。
地球の神は「ブルー」という男性であり、これまでずっと地球にあった。敵の首領はクイーン・ミラージュという女王だが、傀儡にすぎないことが初期から示唆されていた。で、真の敵は「レッド」であり、男性であった。
つまりあの世界は、「女王が立ったことがない世界」なのだ。
これはこれまでのプリキュアの世界の中ではかなり特異である。プリキュアシリーズにおいて女王は安定と同義なので、ハピネスチャージの世界は「一度も安定したことがない混沌の世界」なのだ。弥生時代でいえば、まだ「1.倭国はもともと男王が治めていたが、争いが絶えなかった」の状態なのである。

そう、今までのプリキュアは「失われつつある安定を取り戻す」物語であったのだが、ハピネスチャージだけは明らかに「混沌の世界で安定を作り出す」物語なのだ。
だからこそ初期状態ではすべてのものが不安定で、神々ですらしょうもない男だし、プリキュアになった少女だって「他人の気持ちを慮れないまま人助けをする少女」であったり、「自分の犯した過ちを認識しつつも、全ての責任を被るほどの勇気はない少女」だったりするのだ。

ハピネスチャージの物語は、これまでのプリキュアシリーズにおいてすでに確立されていた「安定」の、その確立の過程を描いた物語であり、プリキュア的「創世記」なのだ。プリキュアたちは女王候補だ。

だからこそ世界に安定がもたらされる最終決戦においては神々とその眷属であるプリキュアたちしか出てこない。
不安定を象徴する男王たちは惑星レッドへと去った。男王しかいなかった惑星レッドは滅びていたが、再建にはブルーとともにキュアミラージュが関わるため、キュアミラージュが惑星レッドにおける「女王」として君臨すれば安定するはずだ。
地球には男王が不在となったが、おそらくキュアプリンセスが地球における女王になるのだろう。白雪ひめの本名は「ヒメルダ・ウインドウ・キュアクイーン・オブ・ザ・ブルースカイ」であり、「クイーン」を含む。

プリキュア世界における創世記を描いた「ハピネスチャージプリキュア!」は十周年記念作品としてふさわしかったと、放送終了から2年がたとうとしている今になって思うようになった。


それとまあ、わりとどうでもいいことなんだけど、ハピチャが弥生時代で読み解けるっていうのは上記以外にも理由があって、弥生時代の日本語では「は行がぱ行の発音だった」らしいWikipediaより)っていのがある。つまり「ひかりがおか」という地名を弥生時代風に発音しようとすると「ぴかりがおか」になるのだ……。
あとは巫女が重要人物であることぐらいですかね。